4 お前なりのチーターを探そう

ここ数日、自分は再び悩んでいました。

殺戮と晩餐の会に加入し、いきなりチャットでパンチをぶっこんだおかげで、現在ある程度は皆さんとも楽しくコミュニケーションがとれています。

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プレインズウォーカーとして真面目にしてますし

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ふざけるときはふざけます。

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挨拶だって欠かしません。



しかし悩みというのは、ハイテンションを常に引っ張れないことです。

そもそも、四六時中なっが~~~いリムジンでシャンペーン飲んで、ズンチャズンチャに合わせてウェイウェイ言ってりゃ「私たちズッ友だよ?」、なパリピとは違い、自分のような人見知りは人と関わると呪いにかけられるのです。


詳しく説明すると。


我々の業界には、「真の人見知りは二度死ぬ」という格言があります。



まず初対面時、出来るだけ無理やりテンションをあげます。普段のテンションでいくと相手に不快な思いをさせたり、「こいつおもんねーな」と距離をおかれるからです。


このテンション偽造による心の負担と、偽った姿を見せる自責の念で、ひとまず一度死にます。


そして再開時、「前会ったときと違ってめっちゃ絡みづらいやんこいつ」と思われたくないため、再び以前盛り上がった時の偽造テンションを継続しないといけなくなります。
いえ、継続ではなく相手の期待を裏切ってはならないと思い込み、以前よりもテンションをあげなければ、と己を追い込んでしまいます。



それを繰り返していくと、いずれ己のテンションのキャパを超え、本当の自分を見失い、さらには「自分はいつまで偽りの姿で生きていかなければならないのだろう……」という心労で、再び死にます。



このように我々人見知りは、人と関わる際は常に恐怖と闘い、心安らぐ時がないのです。


(著作権の関係で載せられませんが、詳しく知りたい方は東京03さんの『友人の友人』というコントを参考資料として検索してみてください)



「どうしよう……。いつまで自分は己を偽って、みんなから『www』が出るような面白いチャットを狙い続けなければいけないのだろう……でも、普段のローテンションだとノリが悪いからと追放されるかもしれない……」


そんなことを悩んでいた自分に、ある救いの言葉が。




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(な、なんだこの言葉は!?)

ひたすら困惑しました。


何故マシンプ?マシンプの何がイエス?え、下ネタ?



理解出来ませんでした。しかし不思議なことに、気がつくと

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自分も叫んでいました。心が叫びたがっているんだ、というやつでしょうか。



またしても不思議なことに、チャットで『www』をもらったあの時以上の安堵と一体感に包まれました。




話は変わりますが、皆さんは「南無阿弥陀仏」という言葉の意味はご存知でしょうか?

おそらく意味を理解して発している方は少ないと思います。

では何故、意味の分からないその言葉を有難いものとして、お葬式の際に他のみんなと一緒に発しているのでしょうか?

おそらくそれは、お葬式という場でみんなと同じ言葉を発することにより悲しみを共有できたと思え、その一体感もいくつかある悲しみを癒してくれる作用の一つだと知っているからではないでしょうか?



「イェスマシンプ!」も同じです。

この「イェスマシンプ!」という言葉の意味は分かりませんが、そもそも意味があるのかも分かりませんが、自分にとってこの言葉は、笑ってもらえなければ血盟に受け入れてもらえないと孤独に戦っていた自分を血盟メンバーと繋いでくれる、ありがたい存在になったのです!




さて、今書いた内容を読み返してみると、全編通して自分は一体何を言っているのでしょうか。

どうやらマシンプ教ににゅうだんすると、ともだちができるかわりにあたまがわるくなるということがわかりました。



*おととい初めてディスコードしてみたのですが、人見知り+操作分からないテンパりで、チャットのテンションを引っ張れれずに死にました。

変わりに一緒に暮らしているセキセイインコに喋ってもらいました。うちの子楽しそうにディスコードしてました、皆さんありがとうございます。